嫌いなんだけど、好きなんだなぁ
、何飲む?」
「笹塚さんは何飲むんですか?」
「ん、コーヒーだけど」
「じゃ、私もコーヒー」
「了解」

カチャカチャと陶器の音を静かに鳴らし(私なら絶対もっと音がしてると思う)コーヒーの用意をする笹塚さんの背中を見ながら笹塚さんがこっちに戻ってくるのを待っていた。
ここは笹塚さんの部屋だから、笹塚さんの匂いが近くに居なくても十分感じられた。でも笹塚さんの匂いっていうのは煙草の匂いがほとんどな感じでそんな笹塚さんの部屋はやはりこれも煙草臭かった。 そんな中に笹塚さんの用意しているコーヒーの匂いが香り、またもや私の嗅覚が狂いそうになる。この2つの匂いは私の苦手な匂いなんだ。吸ってるだけで苦くて、苦しい感じになってくる。

「コーヒー、できたよ」
「ありがとうございます」

視界に入っていた背中を向いていた笹塚さんがくるりと後ろを向いて私の方へ両手に湯気を漂わせたマグカップを持ちながら歩いてきた。きっと笹塚さんの方を見ていなかったら私は笹塚さんがこっちに向かってくるのに気づかないんだろうなってくらい笹塚さんの足音は静かだった。 この人は絶対前世は忍者だったな、とか考え出したら忍者姿の笹塚さんが頭のなかで描かれて笑ってしまった。「何、笑ってるの」と笹塚さんは不思議そうに私を見る。
コトン、と私の前のテーブルに置かれたコーヒー入りのマグカップの横には砂糖とミルクが置かれていた。

「...これ」
「あぁ、ブラックは駄目だろ。好きなだけ入れてよ」
「大丈夫です。子供じゃないですもん」
「本当?」
「本当!!」

しゅっ、とスティックの砂糖を笹塚さんの方に飛ばしマグカップを持ち上げてごくりと大人の匂い漂うブラックコーヒーを口にした。(さすがにミルクは飛ばせなかった) その瞬間泥を食べているような、いや、実際に食べたことはないけど、そんな何ともいえない苦さが口のなかに広がって酷くむせた。

「ほら、無茶するから」
「し、舌の感覚が無い...これが大人の苦味という事なんですね...」
「何言ってんだよ。ほら、」

舌の感覚を失った私の口に笹塚さんが自分の口を重ねる。私の舌と自分の舌をためらいもせず絡ませたりするんだからまたここも大人の経験ってやつ?私は毎回こうやってどきどきしてるのに。 笹塚さんだけ余裕な顔してなんか悔しい。

「笹塚さんって意外と馬鹿ですか」
「え?」
「笹塚さんもブラックコーヒー飲んだんだから口直しと思って私にキスしても意味ないじゃないですか」
「あ、そうだったな...」
「頭まわるようでまわらないんですね、笹塚さん」
「でも、まずが無理してコーヒー飲んだのが元凶だろ」
「だって......私だって子供じゃないんです、って笹塚さんに分かってもらいたかったから。
 結局、無理でしたけどね」

そう、私だって子供じゃない。笹塚さんと同じ大人なんだ、って。煙草の匂いだって平気。ブラックコーヒーだって飲むことができる。キスだって、余裕。 でもやっぱり無理だった。どれだけ背伸びしても笹塚さんのような大人には、届かない。

「背伸びなんて、しなくていいんじゃねぇの?」
「でも笹塚さんに大人だって認めてもらいたいんです。私だけ子供じゃ、なんか悔しい。」
「...なんかよく分からんが、そんなこと必要ねえと思う。俺は今のを好きになったわけだし、今のが俺を好きになった。それならそのままでいいんじゃねぇの?」

そう言って笹塚さんはぎゅっと私を抱きしめた。大嫌いな煙草の匂いも、ブラックコーヒーの匂いもその他大人の匂い全て、大好きな笹塚さんの匂いとして我慢して味わっておこう。




嫌いで好きな、 貴方の匂い








07/12/09(笹塚さんに惚れてしまった...^^)