「すまぬ、某おぬしの事を思い出せぬ…」



戦から帰ってきたわたしの愛しい人は赤い液体を頭から流していた。 頭から流れてやがて胸あたりまで辿り着いたそれは同色の服に溶け込んでいくように見えた。
どうしたの幸村、と慌てて聞いたわたしを見て彼はわたしの事が思い出せないと言う。 なに冗談言ってるの、と続いて言おうと思ったわたしは彼の目を見て悟った。本当に思い出せないのだ。 不器用な幸村が嘘をつくと「嘘をついてます」というのが顔にでるからすぐ分かるけど、今は何も動じてる様子がない。 戦から帰ってきた後にいつも言ってくれる「ただいま」も言ってくれない。抱きしめてくれない。 戦で出会った人たちのことを話してくれない。夜にでも星空を見に行かないか、と誘ってくれない。ない、ない、ない。
幸村を連れて帰ってきた佐助さんが不意打ちだったんだ、と言った。その次にごめんねちゃん、ととても申し訳なさそうに言う。


わたしの名前を嬉しそうに呼ばなくなった幸村をただただぼんやりと見つめる。 正面に立つ彼もまた、わたしの事を必死に思い出そうとしている。(何を考えているかすぐ顔に出るところは記憶をなくしても変わらなかった)

「本当に申し訳ない・・・」
「い、いえ。いいんですよ、それより怪我の方を早く癒さなくては」
「うむ・・・」

うむ、と返事をしながらも一向に動こうとしなかった。きっとまだわたしを思い出す事を諦めていないんだろう。(諦めが悪いのもまた、変わっていない) もういいのに。何処かへ翼をつけて飛んでいった記憶なんて戻るわけもない。思い出そうとするのに時間をかけても思い出せないなんて悲しくなるから、もういいのに。 でも幸村がそれだけわたしを真剣に考えてくれるのも嬉しかったのが、本音。
沈黙が続いて、ひゅうっと緩い風が吹いた。幸村の鉢巻が揺れると同時にわたしの後頭部でちりん、と音が鳴った。髪留めだ。 幸村が以前、綺麗だと、似合っていると言ってくれた髪留め。 まだ幸村と出会って間もない頃に今と同じように風が吹いて髪留めの鈴が鳴った。 それに気づいた幸村は優しく笑って「似合っている」と言ってくれてわたしは肺腑が突かれたような、なにか込み上げるものを感じた。 それが人を愛するという事を知る始まりで、わたしはそれから毎日欠かさず髪留めをつけている、けど、もう、それも、

目から今まで堪えていた涙が零れ落ちそうになってきた時に幸村が口を開いた。


、殿と言ったか」
「え、はい・・・」
「その髪留め、綺麗でござるな。よく似合っている」




追  憶

                                               (あぁ、やっぱり記憶をなくしても貴方は貴方だ)





08/05/11 ゆっきー初!ゆっきーの口調書きにくいいいい